2011年1月~3月
【きょうのクロスステッチ Vol. 85】 by 岡村恭子
VOL.85 ひと鉢の春
torsdag den. 10 marts 2011
先週末のことでした。
強い風が上空を通過した後、気圧配置が春に変わったような気が
した私は、喜び勇んで庭に飛び出しました。ところが、室内から
眺めているのとは大違い、芝生はまだ凍っていてカチカチ状態!
土を掘り返そうとしても、固くてシャベルの先が入ってくれません。
それでも、レンガ塀の近くの比較的暖かそうな場所を掘ってみたら、
霜柱の立った土の中でヒヤシンスの芽が尖った頭を空に向けて伸ばし
始めていました。
故 武田百合子さんのエッセー「富士日記」の中に、深沢七郎さんから
もらった何本もの梅の苗木を凍っている土に黙々と植えて行く場面が
あります。植えた後も無事に育つかどうか?ハラハラするのだけれど、
しっかり根付いて花を咲かしてくれた。それを見て彼女は、
案外凍っていた土だったことが幸いしたのではないか?
解けた水がじわじわと根っこに吸い込まれていったのではないか、と
思うのです。本当の春が来るのを待ちきれずに霜柱の立っている土を
いじり始める今頃になると思い出す一節です。
でも、這いつくばるようにして凍土と格闘する彼女にはとうてい叶いません。
私はすぐにギブアップです。
この国の人の花好きに関しては今までに何度となく書いていますが、
今頃ですと鉢植えのパンジーやムスカリなどの早春の小さな花達が
店先に並び始め、人々が気軽に買い求めてゆきます。
リンゴを一つ買い足すような気軽さで小さな花を手にする。
親しい人を訪ねる時のお土産も”ケーキ”ではなくて”花”なのです。
私がデンマークに来た頃から少しも変わらない、人々の暮らしに
根付いた美しい生活習慣だと思います。
そして『豊かな暮らし』というのは、案外こんなささやかな心のゆとりから
生まれるのではないかな?と思ったりしています。
植物は生き物ですから水やりやを怠れば、すぐにダメになります。
そのかわり、鉢植えなら室内で充分楽しんだ後、庭やベランダに植えてあげると、
何年も咲き続けてくれる事だってあります。
忙しい時間の合間に面倒をみてあげるのも、『心のゆとり』が有るからこそ
と言えそうです。
家人は気が向くと帰宅途中に花屋さんに立ち寄り、一束抱えて帰ってきます。
さしずめ駅前のケーキ屋さんの菓子折り代わりという感じです。
先日はチューリップを30本でした。
買って帰って来たときはオレンジっぽかった花は水をたっぷり吸って
翌日には目にも鮮やかな赤い色になりました。
春近し…です。
岡村 恭子
http://www.copenhagensmile.com/
ひと鉢の春を楽しむ…パンジーと水仙
カチカチに凍った土の中から顔を出したムスカリ
窓辺で花開いた赤いチューリップ。赤い色に元気をもらって。。。